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STORY1 指輪を追いかけて

 墓地を通り抜けたところで大事な指輪を落としてしまい、

 

そこに犬がやってきて指輪を飲み込んじゃった。

 

あの指輪は犬というジュエリーボックスを手に入れた。=1


 すると犬はきらきら星のように光りだした。


「喉が渇いた。ジュースが飲みたい」

 

 そう犬が言った。それを聞いた指輪の持ち主、

 

都会の魔女ショコラは驚いた。

 

「せっかくダイエットしてこれからその指輪をはめようとして

 

いたのに、返してよ」

 

「お前の指よりこの犬の方がいい」

 

「 もしかして、指輪が喋っているの?」

 

「そうだ、その犬に私を飲み込ませたのだ」

 

「どうしてそんなことをするの?」

 

 ショコラは犬、いや指輪にたずねた。

 

「お前は指輪をはめたら大好物のトマトジュースを飲むだろう、

 

私はそれが嫌だ。梨のジュースの方がいい、収穫したての

 

フレッシュジュースだ」

 

「指輪のくせに贅沢ね」

 

 ショコラは怒り出した。今は冬だった。=2

 

「どうしたら返してくれるの?」

 

 ショコラはたずねた。

 

「腹がへった、お好み焼きが食べたい」

 

「そんな、この辺りにお店なんてないわよ」

 

「問題ない」

 

 犬が前脚で三回地面を叩いた。するとお好み焼き屋が目の前に

 

現れた。ショコラは茫然としていた。犬は店に入って関西風と

 

広島風のお好み焼きを頼んでいる。しぶしぶショコラも隣に座った。

 

「私がないと何の力も使えないくせに、うっかり落とすだなんて

 

未熟どころかまだまだだな。しばらくお前のところには戻らん」

 

 犬はあっという間に食べ終わると支払いはショコラに押しつけた。

 

「許さん、あいつ!」

 

 ショコラは怒った。これはショコラが一流の魔女になるために

 

挑む物語である。=3

 

「ちょいと待ちな」

 

 お好み焼き屋の店長が、犬の後を追いかけようとしている

 

ショコラに声をかけた。

 

「食事代、一億ブラフマン。払っていきな」

 

「そんなの支払えないわよ」

 

 ショコラは一銭も持っていなかった。

 

「アンタ食い逃げする気かい? それはどうにも良くないねえ。

 

支払えないならその分きっちり働いてもらおうか」

 

 店主がすごむとショコラは何も言い返せなかった。その日から

 

ひたすらキャベツの千切りを続ける日々が始まった。

 

指輪が呼び出したお好み焼き屋は大阪の四天王寺につながっていた。

 

店主は一枚百ブラフマンのお好み焼きを一万枚売り上げたら

 

許してやるという。ショコラはおかしいと思った。

 

ふっかけられているどころかぼったくりだ。どうしてこんなことに

 

なったのか、指輪を落としたから? 悶々とした気持ちで

 

キャベツを刻み続けた。すると細かった腕は次第にたくましくなり、

 

忙しさで表情に凛々しさが増した。指輪を失って何の能力も

 

使えなくなったことが皮肉にもショコラを美魔女へと変えていった。

 

しかし美しくなると同時にショコラの心はすさんでいった。

 

刻めども刻めども、店が繁盛しようと当たり前のように

 

店長にこき使われる毎日だ。ふと出入りの業者に目が行った。

 

そこでようやくショコラは気が付いた。キャベツは隣に出来た

 

串カツ屋に横流しされていた。=4

 

 やっぱり騙されていたんだ。悔し涙と汗が滲んですうっと頬を

 

伝っていった。

 

「どうして私、ここにいるの?」

 

 思わず弱音が出た。店主がこっちを睨む。ぐっと耐えてショコラは

 

またキャベツを刻み始めた。すると何やら背後から熱い視線を感じた。

 

おそるおそる振り返るとスキンへアに黒い眼帯の男がこちらを

 

見ていた。この店の常連客だ。何度も店に来ていて見覚えがある。

 

しかし今日は様子が違う。明らかにショコラをじっと凝視している。

 

「あんた、ウチに来ないか」

 

 唐突で何のことだかショコラは訳がわからなかった。

 

男はカウンターから身を乗り出して店主と交渉している。

 

「なんだ? 借金があるのか? 

 

いや、それでもかまわねえ。ウチで強くなって

 

自分で稼げばいいんだ。どうだ、それでいいだろう」

 

「わかった、連れて行け」

 

 店主はあっさりと頷いた。嬉々とした表情で男は店を出た。

 

ショコラも何日ぶりだろう、街に出た。いつもソースの匂いと熱さで

 

たまらなかった店の外だ。夕暮れの涼しい風が吹いていた。

 

「あんたは今日からウチのジムで練習するんだ。あれだけ早く

 

キャベツが刻めるんだ。きっといいボクサーになる」 

 

男はボクシングジムの会長だった。=5 

 

路地を曲がって入り組んだ小道を歩いていく。

 

すると向こう側から下校中の小学生が駆け寄って来た。

 

「うっわ、ソースのおっちゃんいるで」

 

「おっちゃんいっつもお好み焼き食べすぎやで」

 

 あっけらかんとひやかしながら通り過ぎていく。そうこうする間に

 

ジムに着いた。古びた扉を開けると中は小さな体育館のようだった。

 

リングがあり、サンドバッグやグローブが無造作に置いてある。

 

汗と埃の匂いがする。ショコラはまだうまく事情が呑み込めていない。

 

さっきまでお好み焼き屋にいた。そこから出れた、それは良い。

 

しかし何故ボクシング? 解せぬ。

 

「どうだ、ここでお前の人生が変わるんだ」

 

 男が部屋の電気を点けた、さっきは暗くて気がつかなかったが

 

入り口のすぐ脇に銅像が置いてある。試合の勝利を祈る

 

縁起物なんだろう、ちらと視線をやると途端に目が離せなくなった。

 

それはどこにでもあるような、たとえば招き猫であるとか、

 

ガネーシャだとか、足裏のへこんだビリケンさんや

 

選挙でよく目にするだるまでもなんでもない。

 

あのにっくき指輪を呑み込んだ犬そのものである。

 

おかしい。どう考えてもおかしい。一瞬まばたきをしたような気がする。

 

いや、ものすごくわかりやすくまばたきをしている。

 

これは絶対にあやしい。あの指輪の仕業に違いない。

 

つーっと指でなぞってみた。

 

「コケッコー」

 

 ニワトリの鳴き真似をする犬がどこにいる。大体お前銅像だろ。

 

鳴くわけないだろ。ショコラは思いっ切りどつき返した。

 

真っ赤に手は腫れあがったが犬は微動だにしない。

 

「ほら、お前は何をしているんだ、そんなやり方では通用せんぞ。

 

何事も基礎からだ。きちんとトレーニングすれば

 

瓦でもなんでもいともたやすく割れるようになる」

 

 そのとき通りが一気に騒がしくなった。

 

「ソースのおっちゃん、たいへんや」

 

 子供たちが形相を変えてジムになだれ込んで来た。=6

 

「なんだどうした、何かあったのか?」

 

「りょうすけがちゃぶ池に落ちてしもてん」

 

「なんだって?」

 

「調子乗ってふざけとったら肩があたって落っこってしもたんや」

 

「わかった助けに行くぞ。おい、これを持て!」

 

 そう叫ぶと会長はショコラに縄跳びを投げつけ、先導する

 

子供の後を追っかけて行った。ショコラも慌てて後を追った。

 

普段子供たちが遊び場にしている天王寺公園には

 

河底池という池がある。そこへ運悪くひとり落ちてしまい

 

大慌ててジムまで助けを呼びに来たのである。

 

子供たちの足は速く、それを追い抜くかの猛スピードで会長も

 

走っている。懸命にショコラも走るが見失わないようにするのが

 

やっとだった。ようやく池にたどりつくと、

 

会長はショコラの持つ縄跳びを手に取り

 

頭の上で回転させると子供めがけ一直線に投げた。

 

縄跳びは見事な放物線を描いて溺れる子供の目の前に着水した。

 

体に巻きつけるよう大声で指示をして無事に岸まで手繰り寄せた。

 

池に落ちた子供は放心状態で、助けを呼びに来た子供たちは

 

安心したのかわんわん泣いている。騒ぎを聞き駆けつけた

 

公園の管理事務所で事の顛末を話しその日の夜遅くに

 

ジムへと戻った。ショコラはこの出来事で会長に弟子入りする

 

決意を決めた。あの見事な縄跳び裁きを自分も身に付けたい、

 

そしてまた犬と対峙するときがあれば会長のように

 

縄跳びで捕まえるのだ。そのためには毎日の筋トレも

 

食事制限も苦にはならなかった。

 

ちゃぶ池の救出劇で会長は一躍地元のヒーローになった。

 

ジムには毎日のように子供たちが遊びにきたし、

 

あの犬の銅像も人だかりが出来て賽銭を入れたり

 

撫で回して拝みだすオバちゃんまで現れた。

 

ショコラはずっと銅像を観察していた。

 

ショコラには犬にしか見えないが他の人にはどう見えるのか。

 

練習の合間に子供に声を掛けた。池に落ちたりょうすけだ。

 

あれからずっと放課後はジムに来て遊んでいる。

 

「りょうすけ、入り口にある銅像何に見える?」

 

「何いうてんねんショコラ。あれはおっちゃんの勝利の神様やで」

 

「だからその神様がどんな姿してるのかって聞いてるの」

 

「ショコラ目悪いんか? あれはどうみたってトラやろ」

 

「えっ、トラ?」

 

「せや、阪神のトラッキーやぞ。ショコラそんなんも知らんのか」

 

 よくわからないが犬に見えてるのはショコラだけのようだ。

 

練習を続けようとしたショコラを会長が呼び止めた。

 

手には赤い縄跳びを持っている。

 

「どうだショコラだいぶ体力もついてきたんじゃないか。

 

少しこれをやってみろ」

 

 ショコラは呼吸を整え無心で縄跳びをした。ここへ来てから

 

縄跳びの練習は欠かさなかった。始めはうまく飛べなかったが

 

慣れると一時間飛び続けるのも平気になっていた。

 

ショコラの縄跳びをみて会長も嬉しそうに笑っていた。

 

「やはりお前は筋がいいな。私が見込んだだけある。いいか、

 

基礎が出来てこそのボクシングだ。だかお前はもっと踏み込んだ

 

練習に入る段階に来ているようだ」

 

 会長は新しいトレーニング内容を意気揚々と話している。

 

しかしショコラはそれどころではなかった。

 

またもや犬の様子がおかしい。入り口にじわじわにじり寄っている。

 

あれは絶対に逃げようとしている。間違いない。

 

「おい、ショコラ聞いているのか」

 

 会長の声を遮って、ショコラは縄跳びを犬めがけて投げた。

 

それは見事なコントロールだった。犬を全身ぐるぐるに縛り上げた。

 

ショコラは文字通り飛び道具を手に入れたのである。

 

しかしその瞬間に犬が眩しく光りだした。

 

ショコラは目を背けるも手は離さないよう縄跳びの持ち手を

 

しっかり握り締めた。ピカッと閃光が走った。

 

りょうすけと会長が目を開けたときには

 

そこにショコラと犬の姿はなかった。

 

「ショコラとトラッキー、どこ行ってしもてんや」

 

 何度も瞬きをしながらりょうすけが不思議そうに呟いた。

 

それはショコラも思いも寄らぬことだった。香ばしい

 

マフィンの匂いがする。そこはクルーズ船の台所であった。

 

若い男性とマフィンを食べる探偵らしき服装の男がいる。

 

「ちょっとお嬢さん、ボッティチェリになんてことをするんですか」

 

「え? この犬あなたが飼ってるんですか?」

 

「そうとも我が愛犬ボッティチェリに間違いない。

 

一体あなたはどなたです?」

 

「っていうか、トラには見えないんですよね? 

 

犬に見えるんですよね? このやたらブッサイクな犬」

 

「甚だ失礼な言い方をしますな。

 

ボッティチェリは由緒正しき雑種であります。

 

遡ればパグやチャウチャウ、様々なルーツを持つ賢き犬です」

 

「まあまあイトイ探偵、マフィンの試作出来ましたよ」

 

「おお、そうかね。ディカプリオ君。君の腕前は見事なものだ」

 

 やはり男は探偵のようだ。そして犬の飼い主のようだ。

 

ショコラはディカプリオと呼ばれた男からマフィンを貰い食べた。

 

こんな美味しいマフィンは初めてだ。

 

「それでお嬢さんお名前は? 見かけたところ

 

どうやらお困りの様子ですが。私は探偵という職業故、

 

お悩みであれば解決いたして差し上げましょう」

 

「いや、あたしはこの犬が指輪を返してくれればそれでいいんです」

 

「ほう、私の犬がお嬢さんの持ち物を奪ったと。

 

それは行けませんな、ボッティチェリ。返しなさい」

 

ボッティチェリはぷいと横を向いた。

 

「ふむ、普段は聞き分けのいい犬なのに。

 

お嬢さんあなた何かこの子に嫌なことをしたんでしょうな」

 

「いや、それはこっちのほう」

 

「ところでお二人とも、どちらから来られたんですか? 

 

イトイ探偵はこないだ直接電話を貰いましたが、

 

それにしたってこの船はまだ航海途中なんですよ?」

 

「え、船?」

 

 ショコラは慌てて窓の外を見た

 

デッキの向こうには水平線が広がっていた。=7

 

 

 

注)=で繋がっている部分が創作茶話会の終わりを

次の会で引き継いでいる接続箇所になります。数字は開催回数です。

2014年  3月 7日 第一回   「磯辺焼き・指輪・墓地」

 

      4月12日   第二回      「トマト・ビル・ダンベル」

 

              5月17日 第三回   「お好み焼き・成長物語・パソコン」

 

              6月19日 第四回   「クッキー・憧れ・ファミレス」

 

      7月30日 第五回   「エントランスホール・帽子・匂い」

 

      9月 9日 第六回    「古本屋・スプーン・触覚」

 

2015年 1月27日 第七回        「川・定期券・触覚」

To be continued

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